先生にインタビュー#9(加藤浩司さん)

katokoji_s加藤浩司さん
先にインタビューしました富山先生にご紹介いただき、美術の先生を1年経験されたことや、研究、その他活動されていることについてうかがいました。

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加藤さんの図工の思い出作品について

加藤/自分のブログで子どもの時の作品を紹介してるんです。ここのアートワークってところをクリックして遡っていくと、昔の作品を見れます。この辺は3歳ぐらいのところで。
宮川/すごい!水彩っぽいですよ。
加藤/こういうのいっぱいありますよ。
宮川/うわすごいな、作品集ができちゃいますね。
加藤/ちょっとおもしろいのが、このお絵かき教室で毎年「◯△□シリーズ」という課題がだされて。画面にある◯△□の形がどんな模様に見えるかな?って色を塗ったり描いたりするんです。この作品が6年分あります。なのでこれを見比べると自分の発達の推移が少し見えるんです。

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進路的なこと

宮川/お聞きしたいのは美術教育についてなんですけど、富山先生に聞いたところによると1回先生をやられて、今は三重大の院生、ということですね。
加藤/そうです。
宮川/1度先生になられたのは小中どっちですか?
加藤/中学です。中学校は美術の授業がめっちゃ楽しかったんですよ。でもとっても忙しくって、自分が納得できるまでの教材研究(授業準備)の時間をどうしてもとることができませんでした。こんな状態で先生を続けていても、授業は何も進歩できないなと思うようになって。結局一年で退職してしまいました。
それからせめて20代はいろんなことをやろうと決めて、アルバイトでWeb制作会社で働きながらいろんなことをやっていました。地域のイベントのお手伝いをしたりだとか。
でもやっぱり、「美術の授業をおもしろくしたい」という思いというのはずっとあって、Webのことを勉強するうちに美術教育に関するポータルサイトをつくることができないかなって思うようになったんです。ポータルサイトで美術の授業のネタ(課題)共有したりとか。
1年の教員生活で分かったのは、美術の先生ってのはすごい孤独だったんです。各学校1人しかいないし、授業について話し合うような機会も無いし。
地域の学校の先生が教科別に集まって研修するようなことは、1学期に1回ぐらいあるんですけど。なかなかみなさん忙しくって、ゆっくり授業のことを話せる時間は短かったです。
宮川/それは三重だけ?全国で?
加藤/地域の学校が集まって研修会をするというのは全国の学校で実施されていると思います。ただ新しい美術の先生が採用されにくい時代になっているので、集まっても何十年間も同じメンバーなので活動がマンネリ化してきたり、授業時数の関係から美術の先生が特別支援学級などいろいろな教育領域の担当を受け持つケースなどが増えてきて、美術の研修会からは足が遠のいてしまう。そんな話を聞くこともあります。

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山崎先生との出会い

加藤/ポータルサイトを作るにあたってまずは何をしようかな〜と思った時にちょっと思い出す人がありました。
というのはまたちょっと戻るんですけど、Web制作会社で働いてたときに、イラストレータというソフトの先生をやった時期があったんです。そこではちょっと美術っぽい授業を交えたりして、工夫してやってました。でFacebookにその活動の様子をアップしてたら、北海道の山崎先生という方が「がんばってますね」とかそんなメッセージをくれたんです。
会ったことも無い人だったのですが僕はこの人のことを知ってたんです。中学校の先生をやってた時に授業の題材を探すために「中学校 美術 授業」ってWebで検索すると絶対この人の名前が出てくるんです。というのもこの先生、10年以上も美術教育のブログを書いてらしてて。メッセージをもらってうれしかったんですぐに返事して。そのときはそれで終わりでした。
でもそれから半年くらいして、やっぱり本格的に美術教育のポータルサイトをやってみようと思い立って、山崎先生にメッセージをしたんです。「ちょうど冬休みに北海道へ行く予定があるんですけど、お会いできませんか?」って。もちろん北海道に行く予定なんてなかったんですが(笑)。
そしたらOKをもらえて…しかも当日は空港まで迎えに来てくれて!
それから山崎先生が運営するWebサイトについてお話しすることができたんです。実は山崎先生は自分自身のことや授業実践を紹介しているブログの他に、「中学校美術ブログ」というポータルサイトをすでに運営していたんです。そして僕のねらいは、この「中学校美術ブログ」をリニューアルしたい!ということだったのです。
このポータルサイトでは「美術教育の学会がいついつどこどこにありますよ」とか、美術の先生のための研修情報を紹介していました。また学習指導要領で美術の授業時数がどんどん減らされている傾向にある「美術教育の危機」を訴えて、署名活動とかにも取り組んでいたり。この取り組みはすごくいいと思っていたんです。ただホームページのデザインとか発信の仕組みにはまだまだ工夫の余地があるなと思ったんです。
それで僕は一から自分だけでポータルサイトを立ち上げるより、この先生の「中学校美術ブログ」をリニューアルしたらいいと思ってたわけなんです。
僕は初対面でいきなりリニューアルを提案しました。まずは不審がられるだろうなと思っていたのですが、すぐに「いいよ」って返事をもらうことができて笑。北海道に到着して10分ぐらいで目的を達成してしまった感じでした。
それからは山崎先生の授業実践の話をたくさん聞いて、いっぱい勉強させてもらいました。リニューアルの件については、スカイプで打ち合わせしようか、ていうことで別れました。
ただ1つ山崎先生の不思議なことがあって。この先生すごい頻度でブログを更新するんですよ。僕が中学校で働いてた時の感触からすると、あれだけブログを更新できるわけがないんです。だから山崎先生というのは絶対に学校では美術の授業しかやってなくて、他の仕事は周りの先生に押し付けちゃっているような、ちょっと変わった人なんだろうという疑いがあったんです。
でも実際会ったら全く違って、美術以外でもいろいろな学校の仕事を担当されていたり、美術教育においてはいろいろな都道府県の研修会に招かれて講演をしたりエネルギッシュに活動している人で,とてもびっくりしました。
自分が中学校の先生をやっていたとき、自分は「忙しくて何もできない!」と思っていたのですが、そうした様子を拝見して、自分が感じていた「忙しさ」は言い訳にすぎなかったな…。と反省をしました。

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活動が広がっていった様子

加藤/それからは昼はアルバイト、夜は「中学校美術ブログ」のリニューアル作業という生活が続きました。
宮川/それが「中学校美術ネット」っていう黄色いページに?
加藤/そうです。ただ二人だけでリニューアルしたわけではありません。
北海道で出会ってからすぐに山崎先生が講演するという研究会が滋賀であって、僕も参加したんです。そのときにいろんな美術の先生と知り合えて、ここで梶岡先生という先生と出会ったんです。
この先生は滋賀でこの会を企画していて、山崎先生を招いた方なんです。そして「中学校美術ブログ」を僕がリニューアルしてるっていうことを知っていてくれていて、初対面の時に「リニューアルありがとう」って言ってくれたんですよ。「リニューアルがんばってね」じゃなくて。山崎先生はその場面を見て「梶岡先生はすばらしい!」って。つまり、この「中学校美術ブログ」のリニューアルを他人事ではなくて、自分たちのこととして捉えていてくれていたんですよ。
この梶岡先生のたった一言をきっかけに、すぐに梶岡先生にリニューアルのメンバーに入って欲しいとお願いをして、仲間に入ってもらったんです。それからは3人でスカイプで打ち合わせをしながら「中学校美術ブログ」をあらため「中学校美術ネット」としてサイトリニューアルすることができたんです。リニューアルの後、反応も良くて喜んでくれる人もたくさんいて、僕としては目的達成だったんです。これで現場へ戻ってもいいかなって。
宮川/私このサイトを去年見たんですけど。ということはできたばかりの時を見たんですね。
加藤/そうですね、2012年4月にリリースしたので。2年経ちましたね。

中学校美術Q&A

加藤/でも山崎先生は次回の学習指導要領が改訂される時に授業時数がさらに減らされる可能性があるから、今回はもっと活動を起こしたい。「中学校美術ネット」を使って研究会を開催したいと言ったんです。
山崎先生がやりたいことは「美術教育の価値発信」。そしてもちろん「美術の授業の改善」。そして梶岡先生は、そのコンセプトを授業のクオリティを高める「Q」、もう1つは美術教育の価値を発信するアクションの「A」、として研究会の名前を「中学校美術Q&A」にしようと提案してくれたんです。
宮川/あ、そういうQ&Aなんですね。
加藤/そうなんです。そして「中学校美術Q&A」は最初2012年の8月末に開催しました。でも言い出しっぺが3人しかいないじゃないですか。3人でできるのか?ってすごい心配だったんです。普通は地域の組織が研究会やるっていうと、受付が誰で、駐車場係は誰で…と、ある程度大きい組織で動くんです。でもとりあえず「やる」って僕も言ってしまったので、とりあえずチラシを作って。するとチラシの配布に協力してくれる先生がたくさん声をあげてくれて!そうして開催した第1回目は山崎先生の地元北海道大会で。60〜70人ぐらい集まったのかな。
会のはじめに、山崎先生はこの講演に呼んだ文科省の方を迎えに行かなきゃいけないから到着が遅れるって連絡があったので、僕は「会場準備どうするんだろうな」って思いながら初めての会場に1人で行きました。すると北海道の先生たちがわーって、みんなで準備をすでに始めてて!
北海道の先生は、参加者みんなで準備してやるのが当たり前みたいに!それで大会運営はなんとかなってしまったんです。ふりかえってみると結局運営は3人だけではなく、本当にたくさんの人に協力してもらっていたんです。
宮川/すごいなー!
加藤/次は梶岡先生の地元関西で大阪大会を。ここは80名ぐらい集まって。これも盛り上がったんです。
そして大会に参加した人が「次はうちでやってくれ」っということで開催が続けられて行って、今まで14箇所ぐらいで開催しました。振り返ってみると2ヶ月に1回ぐらいでやってたんです。
その間に僕自身も三重大で科目等履修生として通い始めたり、高校で非常勤講師として勤めたりして、少しずつまた教育の現場に戻るようになっていきました。

「中学校美術ネット」について

宮川/「中学校美術ネット」っていうのは中学校が対象で、小学校は入ってないんですか?
加藤/そうです。美術教育の授業時数が減らされてるとこに焦点化しなきゃいけない。ということで中学校に絞ることにしました。でも中学校となってるんですけど、講演には幼稚園や小学校,高校や大学の先生をお呼びしたりして他校種から学ぶということは大切にしています。だから他校種の先生が研究会に参加いただくということもたくさんあるんです。中学校メインで教育を考えるけど、参加する人は誰でもいいですし、いろいろな方が参加するほうが、学べることが多いと思います。
宮川/なんでそんな事を聞くのかというと、日本人は義務教育で全員小中学校で図工美術の教育を受けますけど、小学校の担任の先生が図工専科じゃない先生に当たった時、その先生は教えれないし、評価もできないし、教材を工夫したりとかもできないだろうから、そこが問題なんじゃない?って私の中ではなっていて。中学校は美術の先生が美術を教えるんで、それは問題ないといえば問題ない。だから問題は小学校にあるのではないかと思いまして。
加藤/小学校の先生にとっては全教科のうちの図工っていう位置づけなので、関心は薄いですね。小学校の先生もQ&Aに来ますけど、何かしら図工に関心が高い人が来るだけで、その問題の解決には直接的には繋がっていないのかもしれません。
宮川/どうやって解決していったらいいかはまだわからないんですけど、学校以外の造形教室とかそういうのの役割も結構あるのかなと思ってます。

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美術の先生はどこまでも孤独

宮川/中学校の先生をやった時の悩みとかを聞いた感じでは、学校が忙しくて、休みがなくて、研修も孤独で、という感じですけど、おもしろかったことはありますか?
加藤/初任者研修っていうのがよかったですね。これは教育委員会が企画してくれるもので、同世代の美術の先生に出会えることができました。それはすごい楽しくて、勉強になって。この機会がもっとあれば良いのにって思いました。でも一年間の初任者研修が終われば、本当にこうした機会は大幅に減ってしまい、実質的にはそれからは一人で教材研究を続けなければならないことが多くなります。

学習指導要領の改訂

宮川/学習指導要領の改訂って、普通の先生が意見出してそれが通るっていうことはありますかね?上の方で決まってそれが降りてくるみたいな感じですか?
加藤/個人の意見が通ることはまずありえないと思います。けど、「意見書」っていうのは各教科、各団体で積極的に出すことがあります。
今中教審で話されてるのは例えば「21世紀型学力」についてですが、それらと美術で育てることのできる力は、とてもぴったりと合うんじゃないかなと思いますので、そうした内容を盛り込んだ意見書を作ることができたらいいなと思っています。
宮川/加藤さんはこうやって活動してきたことを大学院の修了論文でまとめるんですね。
加藤/そうです。美術の授業時数がどんどん減り、美術科教員は今他教科と比べて雇用が少ないとか、各学校1人配置が多いとか、非常勤講師の割合が抜群に多いとか。そうした問題が存在する。それを解決するためには、まずはみんなで美術の授業のことを勉強し合う環境を広めていくことが大事なんじゃないか。ということを結論づけたいと思っています。
宮川/それはいいですね!
加藤/あと机上で終わるんじゃなくて、この論文は研究会活動の実践を通してだからこそ言える結論でまとめたいですね。

教材を紹介すること

宮川/こうやっていろんな人に話を聞いてると、おもしろいネタとかアイデアがあったら1個ずつ紹介するのはどう?ってアドバイスされることもあって、それはおもしろいと思うんですけど、ある造形教室の先生のところでそう言ったら、「私たちが考えたものを真似されるのは嫌。商売だから」だそうです。
加藤/表面的に真似することが広がるとある意味危険かもしれません。先生は誰かの題材を真似してそのまま子供達に伝える。子供達はプラモデルを作るようにそれを真似する。それでは子供達の学びはとても貧しくなってしまうように思います。
でも共有していくこと自体はとてもいいと思っています。問題はその方法だけなのかもしれません。
いま関西の若手の先生たちが中心となってやっている「次世代図工美術教育ネットワーク」では、Facebookで授業題材を紹介し合いながら共有してるんですけど、SNSなのでコメントも出たりして、有機的に共有されています。これはぼく結構いいと思うんです。題材紹介しっぱなしではないです。
また大阪教育大学の先生が中心に活動している「CGAT」という研究会では、先生たちの授業題材を紹介するという新しいかたちの展覧会をやっているんですが、この人も「ただやりました」じゃなくて、授業のねらいについてかなり詳しく、パネル展示したりしています。
そしてそれを一般展示しているので、美術の先生だけじゃなくてそのギャラリーに訪れる人全員に美術教育の大切さを共有してもらっているのです。

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場を持続すること

宮川/加藤さんが描く、こうなりたいなっていう美術教育の理想はどんな感じですか。
加藤/僕は、いろいろ理論がある中でどれに軍配をあげるとかは、実は正直なところあんまり関心がなくて、それよりこういったことをあーだこーだ言ってる場を持続することが一番大事だと思っています。熱量を持ってこういった場を持ち続ける教科が一番信頼されると思ってるんです。
逆に真剣に話されてない教科っていうのは、一番ダメな教科だと思ってて。時代が変わって何かが変わった時に、そういう場があれば新しい出来事に対して有機的に動ける。それが大事だと。
どれかに結論が出ちゃったら、じゃあそれやればいいね、ってまた各地で1人1人孤独にやってくことになったらいけない。何が正しいかはわからないけど、何が正しいんだろうね、って話し合い続けることが大事だと思っています。

(2014.8.3)

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